日食の観測

安全な観測のために

B・ラルフ・チョウ
ウォータールー大学オプトメトリー校助教授
カナダオンタリオ州ウォータールー

皆既日食は天文現象の中で最も劇的なもので、多くの人が経験する。日食を観察することは興味深いし、多数のプロ・アマチュア天文学者が観測と撮影のために世界を飛び回っている。

皆既日食は児童生徒たちに小中学校で学ぶ数学と科学の基本原理を指し示す材料を提供する絶好の機会になる。実際多くの科学者(天文学者を含む!)が皆既日食を見ることで科学を勉強する動機になってきた。先生達は日食を通じて、運動の法則と軌道運動の数学を使って日食が予報できることを示すことができる。ピンホールカメラや天体望遠鏡、双眼鏡を使って日食を観測すれば、それらの光学機器の仕組みを理解させることもできる。日食中の環境光レベルの増減は電磁波学や光学の基本を示すし、生物の授業では日食中の動植物の様子を観察することもできる。また、学童期の子どもたちにとって科学的な研究に参加する機会でもある−皆既帯に沿って異なった場所に置ける接触時刻を観測することは地球と月の運動についての知識を補強するのに役立ち、太陽コロナのスケッチや写真は太陽外層大気の三次元のモデルを構築するのに役立つ。

しかしながら、太陽の観察は適切な注意を払わないと危険なものになり得る。地球表面に届く太陽光線は290nm以上の紫外線(UV)からメートル単位の電波にまで達する。目の細胞はこの中の一部分である380〜1400nmの波長を捉えて網膜で光として感じる。環境紫外線は目の外側を老化させ、白内障の原因になることが分かっているので、不適切な方法による太陽の観察は“日食失明”や網膜火傷の心配がある。

強い光が網膜に当たると杆体と錐体細胞を傷付ける。この光は細胞内の複雑な化学反応を引き起こし、光刺激の応答能力を傷つけ、極端な場合破壊してしまう。結果はダメージの大きさに応じた一時的あるいは永久的な失明である。ある人が適切な減光手段を用いないで太陽を繰り返し、あるいは長時間見た場合、この光化学的な網膜へのダメージは熱傷を伴うかも知れない−可視光から近赤外線が曝露された細胞を文字どおり料理してしまうのである。この熱傷や光凝固は杆体と錐体細胞を破壊し、小さな盲目領域を作ってしまう。この視覚に対する危険性は、網膜へのダメージが痛みを伴わない点にあり(網膜には痛みを伝える神経が無い)、視力障害はダメージが発生してから少なくとも数時間後に発生する点にある[Pitts,1993]。

肉眼で太陽を見ても良いのは月が太陽を完全に被う皆既食の間だけである。部分食や金環食、皆既食の途中の部分食の太陽を適切な減光手段を用いないで見ることは決して安全ではない。皆既食の途中でたとえ太陽の(光球)99%が隠されていて、周りが薄明薄暮程の暗さになっていても、残った三日月型の太陽は網膜火傷を引き起こすのに十分な強さがある。[Chou, 1981,1986; Marsh, 1982]。適切な観測手段を用いないことは永久的な視力障害や視力低下を引き起こす。このことは、日食観測による視力障害を被るのが子どもたちや若者であることから、将来の職業選択や収入の面で重大なハンディになってしまう[PennerとMcNair, 1966; ChouとKralio, 1981]。

通常の太陽を観測する方法が金環日食や部分日食を観察したり撮影するために用いられる[Sherrod, 1981; PasachoffとMenzel 1992; PasachoffとCovington, 1983; ReynoldsとSweetsir, 1995]。最も安全で廉価な方法は投影である。ピンホールや小さな穴を使って1mほど後ろのスクリーンに太陽の像を映すのである。perfboardのたくさんの穴や、編み目の粗い藁帽子、組み合わせた指でさえスクリーンに像を映すことができる。同じような効果が枝の茂った木漏れ日でも見られる:重なった葉の隙間による“ピンホール”で何百もの三日月型の太陽像を映し出すのである。三脚に取り付けた双眼鏡や小さな望遠鏡を使って白いカードに拡大された太陽像を写すこともできる。いずれの方法でも多くの観測者が安全な部分食の観察をすることができる。しかし、双眼鏡や望遠鏡やを直接覗かないよう細心の注意を払わなければならない。投影法の最大の特長は誰も直接太陽を見ないことである。ピンホール法の欠点は、十分な太陽像の大きさを得るために穴から少なくとも1m離れたところにスクリーンを置かなければならないことである。

眼を保護するための特別なフィルターが使われた時のみ太陽を直接見ることができる。ほとんどのそのようなフィルターにはクロム合金かアルミの薄い層が蒸着され、可視光と近赤外線を減光するようになっている。安全な太陽観測フィルターは可視光(380〜780nm)の0.0003%(濃度〜4.5)未満で近赤外線(780〜1400nm)の0.5%未満だけを通すものでなければならない。図24に波長吸収量を示す。

入手しやすい安全なフィルターとしては溶接用品を売っている店で手に入る溶接用14番ガラスがある。一般的で安価なその他の方法として、太陽観測用に特別に製作されたアルミマイラーもある(“Space blankets”やガーデニングで使われるアルミマイラーは不適切である!)。溶接ガラスと違ってマイラーは見やすいように切ることができ、落としても割れない。たくさんの経験豊かな太陽観測者は1〜2層の真っ黒になった白黒フィルムを使っている。フィルムの乳剤に含まれる金属銀が保護フィルターになるのである。最近の白黒フィルムの中には銀の代わりに染料を使っているものがあり、それらは安全ではない。画像が撮影されている白黒フィルム(医療用X線フィルムなど)も適切ではない。さらに最近の太陽観測者はフロッピーディスクやコンパクトディスク(CD、CD-ROM)を中央の穴を塞いで太陽を見ている。しかしながら、フロッピーディスクやCDを通して見る太陽像は溶接ガラスやマイラーに比べて光学的に貧弱である。いくつかのCDは非常に薄いアルミ層を使っており、安全ではない−通常の室内光がCDを通して見えるのなら使ってはいけない!!光学機器(双眼鏡、望遠鏡、カメラ)にフィルターを取り付けるときは特別に設計されたものを(太陽に対して)前面に置く。太陽減光フィルターについては後述する。

安全でないフィルターにはカラーフィルム、銀を含まない白黒フィルム、画像の記録された写真ネガ(X線、スナップ)、燻しガラス、サングラス(1枚、2枚ペア)、写真用NDフィルター、偏光フィルターである。これらの殆どは目に高レベルの見えない赤外線を透過し、網膜の熱傷を引き起こす虞がある(図24参照)。太陽が暗く見えたり、フィルターを通して太陽を見て眩しくないとしても、あなたの眼が安全であることにはならない。安価な天体望遠鏡に付属しているアイピースに取り付ける太陽フィルターは安全ではない。これらのフィルターは望遠鏡が太陽を向いているとき熱によって突然割れることがあり、アイピースから眼を離す暇も無く網膜を傷つけてしまう。不必要な危険は避けるべきである。近くのプラネタリウム、科学館、アマチュア天文クラブで更に詳しい情報を得て欲しい。

太陽のUVA光(波長315〜380nm)が網膜にダメージを与えるのではないかとの懸念が表明されてきた[Del Priore, 1991]。この実験的証拠がいくつかあるが、aphakiamの特別な場合に限られており、自然の眼のレンズが白内障や事故で取り除かれている場合で、UVをカットするメガネ、コンタクトレンズ、intracular lensが使用されていない場合である。自然のままの人間の目は、ガラス体でUVA光線を吸収して網膜まで届かせないのである。aphakiaでは、通常環境の太陽紫外線によって慢性的な網膜へのダメージが加えられる。しかしながら、この項で述べている太陽減光フィルターは太陽紫外線を遮ってUVA曝露を十分に小さな許容値まで下げることができるので[ACGIH, 1994]、aphakiaの観測者も適切な太陽減光フィルターを用いて観測すれば網膜への危険はない。

日食の前数日から数週間は、メディアで日食観測に関する危険性の話題やアナウンスがあると思われる。残念なことに、これらのメッセージには善意に反して、往々にして情報に誤りがあり、人々を怖がらせて日食を全く見ないようにさせてしまうかもしれない。しかしながら、この戦術は、特に生徒たち向けのメッセージであった場合バックファイアをおこすかもしれない。ある生徒が先生や専門家の警告を気にして危険であるという理由で見なかったとして、その後他の生徒達が安全に観察できたと聞いた時、だまされたと思うかもしれない。専門家がこのように間違うものと思い込んでしまった時、この生徒はその他の健康に関する麻薬、アルコール、エイズ、喫煙に関する指摘に対してどのように反応するであろう[Pasachoff, 1997]。全く情報が無いよりも、誤報の方が始末が悪いのである。

これらの予防策に関らず、皆既日食中はフィルターその他が無くても見ることができるし、見るべきである。肉眼による皆既日食の観察は全く安全であるばかりでなく、全くとてつもない畏敬の念に駆られるものである!



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