COVESOL'98

ベネズエラの情報


これはLonely Planetのベネズエラガイドの要約である。ホームページで更に詳しい情報が得られる。

ベネズエラに行こう

ベネズエラは自然の美と対比−西部の雪を頂いた山々、南部の湿ったアマゾンのジャングル、東部の頂上が平らな山のある美しい平原、カリブ海岸の3,000kmに及ぶココナッツやしに囲まれた白い砂浜−に心を打たれる国である。この国には南米最大の湖・マラカイボ湖、3番目に長いオリノコ川があり、世界最大の落差を誇るエンゼルの滝もある。またエキゾティックな動植物にも恵まれ、ジャガー、オセロット、バク、アルマジロ、アリクイそして世界最長の蛇・アナコンダなどが生息している。

基本情報
環境
歴史
経済
文化
イベント
旅行
アトラクション
道を外れて
レジャー
入国と出国
移動

基本情報

正式国名:ベネズエラ共和国
面積:912,050平方キロメートル
人口:21,051,000人(増加率2.4%)
首都:カラカス(人口:3,435,795人)
人種:メスティソ67%、ヨーロッパ系21%、アフリカ系10%、インディオ2% 種々の半遊牧半採集民族アメリンディアンが200,000人いる。
言語:公用語はスペイン語。民俗言語のアラワク語圏、カリバン語圏、チブチャ語圏に属する30以上のアメリンディアン語も残っている。
宗教:ローマカトリック96%、プロテスタント2%
政体:民主主義
大統領:ラファエル・カルデラ

環境

ベネズエラは南アメリカの北海岸に位置し、ブラジルの北、コロンビアとギアナの間にある。南西部にギアナ高地があり、南米で3番目に長いリオ・オリノコ川を擁する中央ヤノスの広大な草原が3割も占める。北西には肥沃な低湿地に囲まれた南米大陸最大の湖・マラカイボ湖がある。湖南はアンデスの北端に位置し、ピコ・ボリバーの5,007mまで達している。アンデスの沼の多い高草原は驚くべき多種の植物の宝庫である。また南東部、特にロライマのテピュイス(頂上が平らな山々)には種々の植物が見られる。

ベネズエラの気候は主として熱帯性気候で、温暖な地域が海岸沿いに広がっている。気温は数度の変化しかなく(カラカスで摂氏18.3〜20.6度、マラカイボで27.2〜29.4度)、ベネズエラの気候帯は熱帯雨林とされている。北部海岸の低地は比較的乾燥しているが、熱帯雨林地域がヤノスからギアナ高地に延びていて、年間降雨量は1,500mmに達する。乾季(ベラーノと言う)は12月から4月にかけてで、残りの期間は雨季(インビエルノ)である。アマゾン地域には乾季が無く、年間降雨量は2,000mmに達し、一年中雨が降っている。旅行、特にハイキングを計画しているなら乾季の方が適している。

歴史

スペイン統治時代はこの地域にカリバン語圏、アワワク語圏、チブチャ語圏の3種の民族言語グループに属する500,000人の先住民が住んでいた。現在のベネズエラの地に最初に足を踏み入れたヨーロッパ人はコロンブスで、一年後、探検家アロンソ・デ・オヘダによってこの国の名前(ベネズエラ−「小さなベニス」という意味)が付けられた。本土への最初の入植は1521年、クマナーであった。

先住民族は、黄金郷エル・ドラードを探して前進しながら殺戮と破壊を繰り返したスペイン、ドイツ両国の入植地に対して戦いを挑んだ。しかし多くの部族がヨーロッパの天然痘のような病気の犠牲になりカラカス渓谷だけで3分の2の人口が死亡したため、最終的に鎮圧されてしまった。

しかしながらベネズエラに略奪されるような富が無かったためすぐに無視されるようになり、南米生まれのスペイン人エリートの不平不満を募るようになった。そして若いシモーン・ボリーバによってスペインの統治者はとうとうその支配を諦めた。1821年、イギリスの傭兵とロス・ヤノスから来た騎馬隊の助けを借りてバレンシアの近くカンポ・カラボロの戦いで決定的な勝利をおさめ、彼はベネズエラをスペインから奪い取った。ボリーバは既にコロンビアを独立させ、続いてアントニオ・ホセ中尉と共にエクアドル、ペルー、ボリビアを自由にした。彼のコロンビア、ベネズエラ、エクアドルを統一するという大コロンビア合衆国の夢は、1830年の彼の死とともに葬られたが、その年ベネズエラは新憲法の下完全な独立を果たした。

独立後は軍事独裁、政治クーデター、経済混乱にみまわれ、マラカイボ盆地に原油が発見され1910年代にある程度の繁栄をもたらすまで続いた。1920年代の終りまでにベネズエラは原油の世界最大の輸出国になったが、その富はほとんどは一般市民の手に渡らなかった。貧困の蔓延と教育・保健施設の不備の中、市民の反乱が頻発し、1947年の最初の民主的選挙で最高潮に達した。

最近の政治的安定にも関らず、ベネズエラの政治環境は汚職スキャンダルと軍部クーデターの脅威にさらされ続けている。この国の経済は1988年の原油価格の下落により打撃を受け、不安定さを残している。1994年のカルデラ大統領の経済投機と自由に対する強行措置は自由主義者を激怒させたが、一般市民の反発を招いたのは1996年になってからであった。政府は強行な政策でベネズエラの激しいインフレと危機的な通貨の暴落に対抗しようとしたが、肥大した役人たちはスリム化に抵抗した。ベネズエラの根深い時代錯誤の経済文化が黒字という勇気ある新しい世界に向かうものか、注意深く見守る必要がある。

経済

GDP:590億ドル、世界38位
国民一人当たりのGDP:2,900ドル
経済成長率:-1%
インフレ率:66%
主要生産物/工業:原油、鉄鉱石、穀物、果物、砂糖、コーヒー
主要貿易相手国:アメリカ合衆国、ドイツ、日本

文化

ベネズエラ国民のほとんどがローマカトリック信者で、隔離された地域に住み古来の信仰を守ってきた人々に取り入れられてきた。プロテスタント教会も一定の影響力を持ち、勢力を広げ、信者を引き付けている。マリア・リオンサ・カルトという一般的でない不明瞭な多神宗教が北西地域に存在し、前ヒスパニック教義とアフリカのブードゥー教、キリスト教の儀式を行なっている。

ベネズエラではほとんどの人がスペイン語を話すが、一部の部族の間で25種類ほどの言葉も使われている。都市部では英語を話せる人もいる。

ビジュアル・アートと手工芸が盛んだが、特徴的なのはヨーロッパ、アフリカ、先住民族の影響を受けた電子音楽であろう。演劇も人気が出ており、比較的若い世代によって文学作品の上演が活発に行われている。

ベネズエラの食事は主にパンケーキ、鶏肉、豚肉、牛肉、スープ、シチューで構成される。旅行者はスープとメインコースの出るとても安いセットメニュー「今日の料理」を出すレストランを探すと良い。ベネズエラ料理はエンパナダス(挽肉、チーズ、豆または小サメを挽きトウモロコシで重ねてよく揚げたもの)、パベリョン・クリオリョ(細切れ肉、米、ブラックビーン、チーズ、plantain揚げで作った国民的料理)である。

イベント

ベネズエラ最大の情熱的な祭りはカーニバルで、灰の水曜日の前の月曜日と火曜日に開催される。音楽と踊り、パレード、仮装が特徴でその趣は地域によって異なる。カルパノは凝ったステージカーニバルで国中で有名である。

ローマカトリックの強い影響の下で、その他の祝祭はキリスト教の暦に関係している。イースターに始まり、クリスマス、聖体祭など熱狂的に祝われ、一年を通じて色々な聖人の日がある。

旅行

ビザ:アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、その他西欧諸国およびスカンジナビア諸国の国籍を有する者はベネズエラに直接飛行機で入国する場合はビザは不要。陸路で入国する全ての外国人は有効なビザが必要。
疾病:コレラ、デング熱、肺炎、マラリア、黄熱病
通貨:ボリーバ
交換レート:1ドル=472ボリーバ
参考コスト:
  • 安い食事:2〜3ドル
  • レストランの食事:8〜10ドル
  • 安い宿泊費:6ドル
  • 中クラスホテル:20/30ドル(シングル/ダブル)
時差:世界時−4時間
電気:110V、60Hz
度量衡:メートル法
旅行者数:550,000人(1991年)

注意

ズリア、タチラ、アプレおよびアマゾン州のコロンビア国境に沿った地域では暴動が報告されている。もしこれらの地域に踏み入るつもりなら安全性について大使館に相談すること。

アトラクション

カラカス

北海岸の絵のように美しい渓谷に囲まれたベネズエラの首都は350万人近くが住むにぎやかな都会である。せわしない、進歩的で国際的なこの都市は“ヤンキー化”して植民地時代の面影をほとんど残していない。カラカスは南米でも最もモダンな建築物を建てる一方、広大な農場の故郷で、戦後の無秩序な大量移民によってできたトタン屋根とボール紙の群れのスラムが広がっている。

見所は17世紀大聖堂のあるボリーバ広場、シモーン・ボリーバの生家、パリの聖堂を模した19世紀新ゴシック様式の教会サンタ・カピーヤ、前の指導者ホアキン・クレスポのミラフロレス宮殿、著名なベネズエラ人が葬られているPanteon Nacional、植民地時代の面影を残すペタレス地区、現代のカラカスの味覚を提供する中央市場である。

ほとんどの安いホテルは健康的でない郊外の、場合によっては危険な場所にある。最適なのは多分サバナ・グランデであろう。強盗やこそ泥が横行しているので常に身の回りに注意を払うこと。

ナイトライフはラス・メルセデス、エル・ロサル、ラ・フロレスタ、ラ・カステヤーナに集中している。グリニッジ・パブでビールを飲むもよし、あるいは本物のジャズが聞けるフアン・セバスチアンに行くのも良いであろう。

リオ・オノリコ

南米で三番目の長さを持つオノリコ川は南のブラジルとの国境近くから北西の広がった扇状地まで2,150kmに及ぶ。無数の森を持つ島々からなるデルタ地帯はワラオ族の住処で、川岸に打った杭の柱の上に家を建て、もっぱらカヌーで移動し、漁業で生計を立てている。オリノコ川下流に行くと、ボリーバの町(以前はアンゴスツラといった)があり、華々しい歴史を誇り、植民地時代の魅力を維持している。この町がシモーン・ボリーバが独立戦争の最終局面を迎える基地にした場所で、スペインから独立する前の首都であった。

ボリーバの町を訪れるほとんどの人は、7つの著名な滝が連なる川に沿った壮観な町カナイマに行っている。その側の支流には世界最長落差807m(ナイアガラの滝の16倍)のエンゼルの滝がある。さらに南西に行くと、テピュイスとシマスのある魅力的な風景の楽しめるグラン・サバンナがある。

アンデス

樹木の生い茂ったシエラ・ネバダ・デ・メリダはアンデス山脈の北端で、ベネズエラの北西である。伝統的な生活習慣を守っている人々の村が点在し、山々の広がりは冒険を求めるエネルギッシュな旅行者に雪をかぶった頂のすばらしい景色を約束する。楽しい友好的なメリダの町ピコ・ボリーバはベネズエラ最高峰からちょうど12kmの山の中にあり、旅行者の目的地としてたいへん人気がある。

カリブ海沿岸

北東海岸はシュノーケリング、スキューバダイビング、つり、セーリング、日光浴のような野外レジャーに適した場所である。砂浜はトルコ石色の海水が押し寄せる白い砂が広がり、ココナッツやしに縁取られている。本土から40kmのところにあるイスラ・マルガリータは海のレジャーを楽しむ人に最適で、ベネズエラ人の休日の人気のある行き先にもなっている。そこにはクマナとプエルト・ラ・クルスからフェリーで行ける。

コロ

パラグアン半島の根元のカリブ海沿岸にあるコロは楽しく平和で文化的な町で、ベネズエラでも最高の植民地時代の建物が建っている。1527に設立された大陸では最も早い植民地の部類に入るが、興味深いのはクラサノ島やボナイレ等との密貿易で栄えた18世紀以降の建築物である。歴史的な町の中心部は1950年代に国のモニュメントとして制定され、いくつかの建物が再建された。玉石のサモラ通りは荘厳な古い屋敷のある非常に美しい植民地時代の通りである。その他、大聖堂やコロ美術館も見所である。

アマゾンジャングル

南部のアマゾン地域は熱帯樹林が覆い茂り、川が縦横に流れ、インディオの部族が住む場所である。オリノコ、シパポ、アウタナ、アマゾン奥地への旅は、暑いけれども面白い町プエルト・アヤクッチョで手配することができる。

道を外れて

カラカスの西60km程のところにあるコリディエラ・デ・ラ・コスタの波打つ森にさ迷い込むと、そこは不思議なコロニア・トバールの山村である。ドイツ人の入植者によって1843年に開拓され、1世紀にもわたって外部との交流から遮断されていた。道路が無いので入りにくく、厳格な社会習慣が住民を独自の文化に強く結び付けてきた(例えば結婚は他の集団のメンバーとでなければ許されない)。やっと1940年代になってスペイン語が導入され、道路も1963年まで建設されなかった。今日、コロニア・トバールは物産品、工芸品の町として魅力的で、いまでも間違いなくドイツの町である。独自の建築物が多く残され、パンとソーセージのような食物が古い製法で作られ続けている。

ベネズエラ、ギアナ、ブラジル国境にまたがる280平方キロメートルの高原はロライマと呼ばれ、トレッキングや植物に興味を持つ旅行者に人気が出ている。ハイキングは往復で5日間かかるが、最後の2日間は習慣に従って地元のガイドを雇わなければならない。行程は雨に悩まされるが、登山は魅力的で台地の頂上の月面のような風景は黒ずんだ岩、ピンク色のビーチ、奇妙な植物でSF的な夢のようである。

非常に印象的で写真映りの良いグラン・サバンナにある滝がサルト・アポングアオである。しかし、時間と労力を惜しまない限りそこに行くのは難しいであろう。そこにいく一つの方法は、まずハイウェイを離れてインディオの村イボリボに来るまで舗装されていない道を40kmほど走る。次に、クリアナというカヌーに乗って半時間ほどかけてリオ・アポングアオを渡ると滝である。その他、ボートで直接そこまで行き、歩いて帰る方法もある。どちらにしても105mの滝は見事である。案内標識のある道を通って滝に行き、自然のプールで水浴びしたり泳いだりできる。近くには滝と田舎の風景を楽しめる田園風のキャンプ場がある。

レジャー

ベネズエラの40を超える国立公園は、順路に沿った散歩から、鉈(なた)を持って現地の地理に詳しくないと分け入ることのできないようなジャングルまで、幅広い選択肢を提供している。カラカスにかぶさるエル・アビラ国立公園は良いスタート地点で、道無き道を通ってグアトポ、テレパイマ、サン・エステバンに向かうと良い。メリーダ連峰は国内で一番登山、トレッキング、ロッククライミングに向いている地域である。ガイドを雇い、装備を借りることもできる。メリーダはまたハンググライディングとパラグライディングをするにも良いところである。カリブ海沿岸には美しい砂浜とシュノーケリングを楽しめる場所がいたるところにある。ツカカスは最高のダイビングセンターである。Speleologistならベネズエラで最もすばらしい洞窟・グアチャロ洞を訪れるべきであろう。クマナからバスで3時間ほど内陸に入ったところである。

入国と出国

カラカスへの空路はアメリカ合衆国およびイギリスから利用できる。オーストラリアおよびニュージーランドからは世界周遊券が最も安く自由度が高い。他の中南米諸国から入国するのはトラブルの元で、コストも高い。入国の方法についてはよく調べておいた方が良い。

海路からの入国はメキシコ湾沿岸のいくつかの港から貨物船に乗ってアメリカ合衆国経由で可能である。その他、フェリーがレッサー・アンチレスから就航しているが、ベネズエラ〜オランダ・レッサー・アンチレス以外の航路は無い。

陸路では、コロンビアとブラジルから道路があるが、ギアナからは通じていない。危険なエル・アンパロ・デ・アプレ〜アラウカ国境やプエルト・パエス〜プエルト・カレーニョ国境を越えてコロンビアに入国するなら安全状況について大使館と相談するべきである。1995年5月、コロンビアゲリラがベネズエラの陸軍駐屯地を襲撃した結果、国境の両側の軍に対立が生じている。

移動

アベンサはベネズエラの主要な航空会社で、24の都市に路線を持っている。その他6社ほどが地方路線を運行している。

鉄道が無いのでベネズエラの移動はバスに頼ることになるが、速く効率的で気持ちの良いサービスである。国中のあらゆる場所にカラカスのバスターミナルからバスが頻繁に出発していて、競争の結果比較的安い料金になっている。

自動車の運転やバイクでの移動はさらに自由な旅行を約束するが、自動車を持ち込んだり現地でレンタカーを借りたりするのは高いコストがかかる。更に、現地のドライバーは交通法規を無視しがちなので多少の危険を伴う。国境警備隊や警察に停止を命じられたら指示に従い書類を用意すること。相手には丁寧に言う通りにすること。へたな抗議をして過去に撃たれた例もある。


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Courtesy by COVESOL'98

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